「腰が痛い」と言っていても、
まったく同じ人はいない
当たり前のことのようだけど、
施術の仕事を続けていると、
この当たり前のことを何度も考える。
腰が痛ければ腰を
膝が痛いなら膝を
首が痛い人ならば首を診る
もちろん、それも必要なこと
けれど、
人の身体に向き合っているうちに、
僕の中にひとつの疑問が生まれた。
同じような症状なのに、
なぜ同じ方法で良くならないのだろう。
この疑問が、
僕にとっての新たな学びの始まりだった。
人それぞれ、
そこに至るまでの人生が違う
考えてみれば、
答えはとても単純で、
人それぞれ、人生が違うからだ。
同じ腰痛でも、
その人がどんな仕事なのか
どんな姿勢で過ごしてきのか
過去にどんなケガをしたか
普段どんなふうに身体を使っていのか
身体の状態だけではない
どんな生活を送り
どんなことに悩み
何を我慢してきたのか
人によって考え方も違えば、
物事の受け取り方も違う。
「こうした方が身体にいいですよ」
と伝えたとしても、
すぐに実行できる人もいれば、
なかなか変えられない人もいる。
そこで僕は、
身体のことだけを知っていれば
いいわけではないのだと気づいた。
身体の使い方
構造や生活習慣
心理学や認知科学も学ぶ
人はどう考え、どう感じ、
どう行動するのかを学ぶ。
こうして僕の学ぶ範囲は、
少しずつ広がっていった。
たくさんの療法を
身につけること自体が
目的だったわけではなく
目の前の人を何とかしたい
どうしても何とかしたい
そう思ったら、
ひとつの方法だけでは足りなかったんだ。
半信半疑でやってきたTさん
以前、人から紹介されて
僕のところへ来られたTさん
「最初は半信半疑だった」と後で聞いた。
腰や膝、首の状態も良いとは言えず、
たくさんの痛みを抱え
姿勢は前のめりに腰から左に倒れていた。
もちろん僕は身体を診て施術をした。
それだけでなく、
Tさんとたくさん話をした。
身体のこと、生活のこと、
どんなふうに過ごしているか
会話を重ねていく中で、
僕が一方的に教えるというより、
Tさん自身がいろいろと
聞いてくるようになっていった。
ここが大切なところだと思う。
人は「こうしなさい」
と言われただけでは変わらない。
けれど、自分で何かに気づいたとき、
大きく変わることがある。
行動が変われば、日常が変わり、
日常が変われば身体も変わっていき、
やがて人生も変わる。
今では、Tさんは周りの人から、
「全く見違えて、別人のようになったね」
と言われるようになった。
その話を嬉しそうにするTさんの
笑顔を見ると、僕も心から嬉しくなる。
それが僕の心から良かったと思う瞬間だ。
「どこが悪いか」
だけでは見えないもの
症状には名前をつけることができる。
腰痛、膝痛、肩こり、首の痛み、
〇〇病なんてのもたくさんある。
しかし、症状の名前だけを見ていると、
その人自身が見えなくなる。
だから僕は、
「どこが悪いのか」だけではなく、
「なぜこの人は今、
この状態になっているのだろう」と考える。
たくさん考える
色々な視点で、
その人よりも考える
そして必要ならば、
その人の考え方や心の動きに目を向ける。
もちろん僕は、その人の人生を
すべて理解できるわけじゃない。
それでも、その人が
そこに至るまでの背景を
想像しようとすることはできる。
疑問は、学びの範囲を広げていく
僕が色々なことを学んできたのは、
「知識を増やしたい」
という理由だけではない。
目の前にいる人を見て、
「なぜだろう?」と思ったからだ。
なぜ、この方法が合わないのか?
なぜ、良くなっても元に戻るのだろう?
なぜ、変えられないのだろう?
なぜ、人によって違うのか?
疑問が生まれれば、
調べて、学び、試してみる
すると、また新しい疑問が生まれる。
その繰り返しは今も続けている。
気がつけば、
僕は身体のことだけではなく、
人そのものについて学ぶようになった。
症状を見るのではなく、
その人を見る
学びとは、
「正解を増やしていくこと」ではなく、
人の言うことや考え、
人生をも理解することかもしれない。
簡単な正解を見つけて終わるのではなく、
「本当にそうだろうか?」と問い続ける。
施術を続けながら、
僕がたどり着いたのは、
そんな当たり前のことだった。
これからも人に向き合うたびに、
きっと新しい疑問が生まれるだろう。
そしてその疑問が、また次の学びへ
連れていってくれるのだと思う。
今日も、身体だけでなく、生活習慣や認知、心理なども含め、一人ひとりと向き合いつづけていく。
いつまでも、
その人が笑顔でいられるように。

